はるさめ氏の日常

主に弱電とマイコンを扱っています.たまにネットワークやサーバなども.

「レコードはアナログだから音が良い」って本当なの?

「CD はデジタル化されてるから情報が失われてる.レコードはアナログのままだから情報が失われなくて音が良い.」という主張を時折耳にします.この主張がどれほど正しいか・正当なものかを,段階を踏んで検証し,説明します.

アナログとデジタルの違い

まず,皆さんを混乱させてみようと思います.デジタルはアナログです.逆に,アナログはデジタルではありません.

説明に入る前に,「そもそもこの世界がアナログである」という前提を置くと理解しやすいと思います.つまり,その中の一部を「デジタルとして解釈」しているにすぎないのです.
要するにデジタルとアナログは包含関係という訳ですが,両者の違いは何かを考えてみましょう.

例として,時計を思い浮かべてください.円形の,針がくるくる回るアレを思い浮かべた方が多いのではないでしょうか.一般にアナログ時計とか言われる通り,あの形のがアナログ式の時計ということになります.
一方,7 セグ(電卓とかにありがちなアレ)のように,算用数字を表示させるスタイルを思い浮かべた方もいらっしゃるでしょう.あちらは言わずもがなデジタル式ですね.

そんな両者の違いですが,一言で言うなら「分解能」です.つまるところどれだけきめ細かく表現できるかってことですね.

先程導入した時計を使って,両者が示す時間が正しく設定されているという前提の元思考実験をしてみましょう.準備できるなら実際にやっていただいても大丈夫です.今あなたの目の前に,アナログ時計とデジタル時計が二台並べて置かれています.そして,あなたは今,カメラを持っています.スマホでもいいですよ.
好きなタイミングで並べて置いた時計を写真に撮ってみてください.そして,撮った写真を見て,二台の時計が示す時間を見比べてみてください.全く同じでしょうか?

「何時何分何秒」の単位で見比べれば同一ですが,厳密には異なっているはずです.具体的には,アナログ時計の方の秒針の位置ですね.デジタル時計が 12 時 34 分 56 秒を示していた時,アナログ時計もピッタリ 12 時 34 分 56 秒を示しているかと言われたらそうではなく,実際には微妙に進んでいます.数字で言うと,時計の秒針は 360 / 60 = 6 度刻みなので,秒針の進行速度は 6° / 秒 となります.時計を単位円に見立て,現在時刻(秒) を  t として秒針の偏角  \theta を雑に数式化するなら  \theta = 90 - 6t と表現できます.ここでの  \theta は度数法で表現していますのであしからず.
ここで,シャッターを切った瞬間の  t の値を考えてみましょう.デジタル時計では  t_{digital} = \lfloor t \rfloor に丸められますが,アナログ時計だと  t_{analog} = t です.つまり,0 以上 60 未満のすべての実数ということになります.ここが大きな違いで,これ故に撮った写真でデジタル時計が 12 時 34 分 56 秒を示していた時,アナログ時計が示す時間は 12 時 34 分 56 秒丁度の時刻から 1 秒未満の進みが必ず発生します.目盛りと目盛りの間にも時間は存在しますからね.
そして,仮にアナログ時計であっても,時刻を読み上げた時点でデジタルの情報になります.これは小数点以下の桁数をどれだけ増やしても同じで,分解能を変化させているにすぎません.

では改めて,「分解能」という語句を用いて両者の違いを説明しましょう.簡単には以下の通りです.

  • デジタル情報は有限の分解能を持つ
  • アナログ情報は無限の分解能を持つ

デジタル情報は,アナログ情報から「この部分は捨てちゃってもいいな」という範囲を切り捨てているという訳ですね.時刻の場合,多くは秒単位未満の部分に関しては切り捨ててしまっても何ら差し支えありません.より正確な時間精度が求められる場合でも,ミリ秒単位で十分なこともしばしばでしょう.もっと言うと,実生活上では分単位で切り捨ててしまっても問題ないくらいであり,「必要な精度」に応じて情報を切り捨てて簡素化できるというのがデジタル情報が持つ一つの利点とも言えます.

アナログは本当に情報を失わないのか

CD の場合,いわゆるオーディオ CD として使われることがほとんどでしょう.となると,記録される情報は 16bit 量子化 / 44.1kHz 標本化 という粒度で音声波形を離散化しています.各種用語については後ほど補足を入れますので一旦流しますね.
対するレコードは言わずもがなアナログメディアであり,波形そのものが記録されています.従って,理論上は無限に細かい情報を記録できます.

と言われるとレコードの方が良いように思えますが,これはあくまでも理論上の話,理想的な条件下での話に過ぎません.悲しいことに現実にはありとあらゆる「ノイズ / 雑音」が存在します.この存在を踏まえた上で両者を評価しましょう.

CD プレイヤーが CD に記録された音を再生する際,大雑把には以下のステップを踏みます.

  1. レーザ光で CD に記録されたデータを読み出す
  2. データを DAC に送り,アナログ波形を復元する
  3. アンプで増幅し,スピーカを駆動する

レコードの場合は以下の通り.

  1. 針で溝をなぞって記録された音を拾う
  2. 拾った信号をフォノアンプに送り,元の音を復元する
  3. アンプで増幅し,スピーカを駆動する

CD に記録される情報はデジタルですが,読み出した直後は実はアナログです.しかし,「これ以上は 1 でこれ以下は 0」のように閾値が設けられているので,記録されていた情報を完璧に読み出せます.レコードは振動そのものを直接拾うのでこれまた完璧に読み出せそうですが,実際には不可能です.
この現象はノイズの存在で説明できます.デジタル情報を読み出す場合,多少のノイズが混ざったとて閾値を超えなければ影響はありません.また,チェックサムや符号化など使うと多少のビット反転程度であれば補正・復元できます.しかし,アナログ情報のままだと,どこまでが記録された情報で,どの部分がノイズなのかを判別することができません.従って,実際に読み出された情報は,「記録された情報 + ノイズ」です.
ノイズと言っても色々ありまして,針が拾う音をフォノアンプに送るまでの経路で当然混入しますし,レコード盤に乗ったホコリを踏んづけようものならクソデカノイズです.本当に情報が失われていないと言えるでしょうか?

デジタルの最大の利点

この世界がノイズだらけである以上,アナログ情報を完璧に記録することは不可能ですが,細かいところを諦めて「この範囲で区切る」と決めてしまえば完璧な状態で残せるようになります.CD に音を記録する最もメジャーな手段である CD-DA ではこれを 16bit 44.1kHz としています.時間軸方向に毎秒 44,100 回の頻度で区切り,それぞれのタイミングでの波の大きさを 16bit = 65,536 段階の目盛りで区切ることで離散化(= デジタル化)しています.時間軸方向に区切ることを標本化,大きさ方向に区切ることを量子化と言い,これら二つをあわせて離散化と表現します.この離散化の程度が,記録できる情報の粒度に繋がります.当然,24bit で量子化すればより細かな振幅の違いも記録できることになり,より細かく標本化すれば,より高周波な成分もより精度良く再現できるようになります.これをやってるのがハイレゾですね.

レコードの「良さ」とは

ではなぜ今でもレコードが残り続けているのでしょうか.それは「レコードで聴くという体験」があるからです.

これは私の体感と認識の話ですが,そもそもレコード自体が良い媒体とは言えなくて,時代柄技術が今ほど成熟してないせいで生じた制約故の妥協の産物に思えます.そのため,レコード自体がいい音で音楽を聴くためにある訳ではなく,あくまでもあの形態が当時は合理的だったという感覚です.そう考えると音の良さで訴求するのは誤りとすら感じられます.わずかにホコリが乗っかっているだけで大きなノイズになってしまう上,アナログメディアである以上劣化は避けられないので,そんな曖昧な存在で音質を謳うのが本当に適切かは一度冷静になって考えるべきです.
しかし,それでもレコードを気に入って使っている人は一定数存在しています.つまり,原理的に多少音質が犠牲になってしまっても選ばれている理由があるという訳です.
それこそが,「レコードで聴くという体験」です.盤を置いて,針を落として,テーブルを回して音楽を「再生」する.その過程にこそ,レコードというメディアの真価があるのです.
レコードと CD でブラインドテストをして聞き分けれる人はまぁいないでしょうが,そのような比較は無粋です.なぜなら,体験が失われてしまっているからです.

言ってみれば CD だってその時代の技術的な制約は受けています.16bit 44.1kHz に落ち着いたのも技術的な問題故でしょう.しかし,この数字がその後ある種の「標準的な音質の基準」として機能するようになったという点を,私は大きく評価しています.それも込みで私は CD は素晴らしい発明だと考えています.

私自身レコードは好きだったりします.管理は大変だし,ちゃんと聴こうと思ったらそれなりに整備しないといけません.それでも,「そんな手間を掛けてでも音楽を聴いてるんだ」という雰囲気は趣深いです.たまには敢えて不便なことをするのも,乙なものでしょう.いい音で音楽を聴きたいならハイレゾロスレスが一番です.しかし私には祖父が遺した大量のレコードと機材があるので,たまには動かそうかなという気持ちもありつつ,最近ちょこちょこ整備を進めていたりします.
そして,アナログオーディオであっても,ノイズをなくすことは出来ないもののノイズを減らすことは出来ます.故に,ちゃんと環境を整えれば十分楽しめる音質にできます.相応以上にお金は掛かりますけどね.

そういえば最近ハードオフが店内 BGM のレコードを出しましたね.もちろん発売日に買いに行きましたよ.

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